コンタクトレンズにSLMが組み込まれる日!
~空間光変調器が造る SFのような夢の未来の扉~

高木康博教授
東京農工大学
大学院工学研究院 先端電気電子部門
生体医用システム工学科電気電子工学科
20 世紀の科学技術の立役者は電子技術でしたが、21世紀は「光の時代」といわれています。光デバイスは急速に進歩しており、またナノテクノロジーも相まって、光の波長よりも小さな微細な構造をもつ光学素子の作製も可能になっています。
このような背景のもとで、人間に優しい立体ディスプレイ、ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイ、デジタルホログラフィーなどの先進的な研究を進めているのが、東京農工大学の高木康博教授です。
今回は高木教授に、santec 社の空間光変調器がどんな研究に貢献しているのか話を伺いました。
「santec社のSLMを採用して良かった点は、位相変調の線 形性も十分に担保されていたことです。学生に位相特性を 調べてもらったところ、ピタリと直線になり驚きました。」
波面再生型のホログラフィで、理想的な立体表示方式を研究
学生時代から一貫して光関係の研究をしてきた高木教授。当時、コンピュータでホログラムのパターンを計算して作り出す「計算機合成ホログラム」の研究からスタートし、現在は人間に優しい 立体ディスプレイ(超多眼ディスプレイ、ライトフィールドディスプレイ)や、立体カメラとして のデジタルホログラフィー、ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイなどの立体表示の研究をメインに進めています。
立体表示には「光線再生型」と「波面再生型」のアプローチがあります。光線再生型は、高精細なディスプイにレンズアレイを組み合わせて光線を制御する方法で、物体から発せられる光線光と同じ光線が再生され立体像に見えます。
これに対して、光を波として扱うのが「波面再生型」のホログラフィになります。波面再生型は、物体から発せられる光の波面を再生する技術で、位相を制御して波の進み具合を変えることで、理想的な立体映像を表示できると言われています。
ホログラフィは、干渉縞の記録方式の違いによって、光学方式と電子方式の2つに大別されます。
光学方式はフィルムに光の干渉縞を記録して立体像を再生しますが、電子方式は電子的な表示装置で干渉縞を表現します。ただし、ホログラムの干渉縞のピッチは光の波長程度にする必要があるため、電子的に立体像を再生する場合、8K ディスプレイの解像度の約100x100 倍という非常に高い解像度が必要になります。そこで一般的なディスプレイよりも高いフレームレートを持つ「空間光変調器(SLM:Spatial Light Modulator)」を用いて、不足する解像度を時分割方式でカバーする研究を行っています。
なぜ高木研究室はsantec のSLMを採用したのか、その理由とは?
当初、高木教授はドイツのメーカー製SLMを研究用として導入していたのですが、いくつかの課題を抱えていました。実際に使ってみると、解像度は良くても、光の位相変調の線形性に課題があり扱いづらく、補正するのも面倒なものでした。
「そんなとき、たまたま別の研究テーマで、光の干渉性を利用して試料内部構造を撮影する光干渉断層撮影のOCT(Optical Coherence Tomography)に興味を持ち、波長可変レーザーについて調べていたところ、SLMを開発しているsantec 社の存在を知ったのです。そこで位相変調型の空間光変調器『SLM-100』を購入したのがお付き合いの始まりです。その後、性能が向上したSLM-200 も導入しました。」と高木教授は10 年前を振り返ります。
この「SLM-200」は、反射型LCOS (liquid crystal on silicon) 液晶をコアデバイスとしており、解像度は1920×1200 ドット、10-bit (1024 階調) で、0.001π rad. という優れた位相安定度を有していました。
「santec 社のSLMを採用して良かった点は、位相変調の線形性も十分に担保されていたことです。学生に位相特性を調べてもらったところ、ピタリと直線になり驚きました。それから、何かあったときでも、国内メーカーなので迅速に対応してもらえる点も良かったですね。海外製品だと、どうしてもやりとりに数ヵ月単位で掛かってしまい、その間は研究が中断してしまうのが難点でした」とsantec 製品の性能とサポート体制を評価しています。

SFの世界じゃない!人間拡張を実現する
ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイ
話を元に戻すと、高木研究室では現在、このSLM-200を2つの代表的な研究に役立てているそうです。1つは冒頭で触れた、コンピュータで計算して作ったホログラムのパターンをSLMに表示させ、立体像を作り出す研究です。立体像を作るために、SLMによって位相を変調しますが、振幅は変調しないため、光が減衰せず明るく表示できるという大きな特徴があります。
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ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイの原理確認実験。コンタクトレンズに、フォトポリマーで作製したホログラムフィルムを取り付けてある。
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SLM-200を用いたホログラフィック・コンタクトレンズの原理確認実験。0.5m先に立体像を表示させているところ。赤く表示された文字が並んでいる。
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左が目的の画像。右が計算機で作ったホログラムのパターン。このパターンをSLMに表示させると、目的の画像が現れる。

高木教授は、この技術を利用して新しい「ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイ」の開発を進めており、各所で注目を浴びています。コンタクトレンズにSLMを搭載して、AR 用表示デバイスにしようとしているのです。AR用デバイスというと「Microsoft HoloLens 2」*1 や「Google Glass」*2のようなヘッドマウント型ディスプレイ(HMD)をイメージするかもしれませんが、ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイは全く構造が異なります。( 写真左)
「従来のAR用HMDではディスプレイが目の横にあり、その映像をハーフミラーやビームコンバイナで外界の風景と合成して表示していました。ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイは、レンズ内部にSLMを内蔵し、SLMを通してデジタル映像と外界の風景を見ることになります。ただし、コンタクトレンズにSLMを入れただけでは、立体映像に目の焦点が合いません。そこでSLMにホログラムのパターンを表示し、立体映像として焦点が合う位置に表示させるのです。立体表示なので、例えばナビゲーションするときに、複数の交差点があったときに、そのどれなのかを奥行を合わせて表示することができます。」(高木教授)(写真右)
*1 Microsoft HoloLens 2 はMicrosoft 社の登録商標です。
*2 Google Glass はGoogle 社の登録商標です。

また SLM は液晶ディスプレイと同様な表示原理なので、ほとんど電力を消費しません。小型な全固体電池を搭載して、夜間に充電して昼間は無給電で動作することも可能になると考えられます。
いずれにしてもコンタクトレンズ型にすることで、従来の AR デバイスのように頭部に装着したり、デバイス自体が視野を制限したりすることがなくなります。
ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイで角膜全体を覆うようにすれば視野全体に映像を表示することができるようになります。さらに、将来的には、コンピュータと接続されて、現実世界にさまざまなデジタル情報が重畳表示できるようになるため、フィジカル空間とサイバー空間を融合した超スマート社会の実現に貢献するでしょう。 やがて人間の視力が拡張されたサイボーグのような能力を獲得できるようになるかもしれません。
エネルギー効率が100%に近いホログラムテレビも!
もうひとつ高木研究室で注力しているのが、位相変調型のSLMを利用して、エネルギー効率(回折効率)が100%に近いホログラムテレビを作ることです。これにより高木教授は、いま問題になっているエネルギー消費による環境問題の解決にもつながるものと考えています。
「ホログラムテレビのためにはSLMを2つ使う必要があります。波面再生には、振幅と位相の2自由度がありますがそれを1つの位相分布だけで実現しようとすると、自由度が1つになるため、コントロールすることが難しくなってしまいます。そこで2つのSLMの位相分布を利用して、計算機とアルゴリズムで上手く制御する研究を進めているところです。」(高木教授)
まだ課題はありますが、家庭向けのメガネなし立体テレビに対する期待は大きく、ホログラムテレビはとても夢のある技術です。将来的に立体テレビが普及した際に、社会全体のエネルギー使用量が減ると良いと考えて研究を行っています。